うそ
著者・こうちゃん
一年に一度嘘をついても良いこの日だけ、僕はあの子に電話をかける。
「もしもし」
「あー久しぶり」
後ろでは子供がままーままーと声を張り上げている。
「はいはい、ちょっと待っててねぇ、それで今年も聞かせてくれるわけね」
「おぅ、約束だからな」
僕は一年に一度この日のためだけにとびっきりの物語を考えてくる。
「あはは、うんうんそれでそれで、どうなるの?」
物語は佳境に入る。自然と語り口にも熱が帯びる。
「そうして…」
「あ、ちょっと待って。おかえりなさーい。ご飯できてるわよー」
「もしかしてあいつ帰ってきた?」
「うん。いいからいいから続けて続けて」
「いや、この続きはまだ考えられてないんだ。また来年」
「えーきかs」
ブツっ
僕は受話器を置いた。
はぁ
ため息が漏れる。
手元にあった、開き途中のノートを閉じ、ゴミ箱に放り投げる。
笑ってくれてたな…また来年…もっと面白い話をしてあげよう…とりあえず今は疲れた。
ベットに横になる。
僕は翳りゆく午後の日の中、一人ワンルームの部屋で目を閉じた。
ぼーん
僕たちは三人でいつも一緒にいた。
お昼休みになると、大きな時計の下に集まって、誰かの授業が始まるまで何時間でもだべっていられた。あいつと僕がふざけていると、あの子は笑っていてくれ、度が過ぎるとちゃんと叱ってくれた。いつもニコニコしているあの子は、ふいに一人の時にすごく寂しそうな顔をしていて、そんなあの子を笑顔にしたいと僕はさらにふざけた。
あいつには、僕があの子のことを好きなことは話していたはずだ。
ある日僕はサークルの後輩の勉強の手伝いをしてあげた。その噂がまわり、僕がその後輩の子を好きなんじゃないかと勘違いされた。
僕は混乱した。あの子になんて説明しよう…と悩んでいる時に、あいつがあの子に告白をした。
二人は付き合うことになった。
4月1日、新学期が始まる日二人に呼び出され
その報告を受けた僕は
「お幸せに。俺も近々付き合うことになりそうだから、ダブルデートしようぜ」
と笑っていった。
あいつは明らかに安堵した顔になった。しかしなぜかあの子はあいつの後ろであの寂しそうな顔をしていた。
もちろん後輩と付き合うことはなく、僕たちは
大学を卒業することになった。
3月31日の深夜、あの子に呼び出された僕は大学に忍び込みサークルの部室にいた。
「私、卒業したら彼についていって、この街から引っ越すの。
その前に一つだけ伝えたかった。私〇〇のことが好きだったんだよ。後輩ちゃんとのことで噂が回った時ショックだったな。だって〇〇、私のこと好きだとばかり思ってたから。いきなりこんなこと言って調子乗ってるよね。ごめんね…。ねぇ〇〇は私のこと好きじゃなかったの?」
ぼーん
鐘が鳴った。僕は腕時計をちらっと見る。
4年間ここに通ってて、日付を超えるまでいたことなんかなかったな…とふと思う。
僕は視線を戻し、あの子のまっすぐな視線をとらえる。
「好きだったわけないじゃん。俺が若い子好きなの知ってるだろ。同い年なんて年いってるの女とも思ってねーわ」
目を丸くしたあの子は、寂しそうに小さく笑った。
「えーひどい。そんなこと思ってたの〜」
「バイト先の可愛い後輩が俺のこと好きらしーんだわ。この前デートにも行ったんだぜ。あ、そうそう、その時なんか…」
俺は嘘のデートエピソードを話した。
「あはは、それ理不尽だねー」
あの子も嘘ということはわかっているのだろう。無理に笑ってくれているのが分かる。
「よし、そろそろ帰るか。あいつも心配するだろうし…」
「うん」
正門前であの子は右に、僕は左へと別れる。別れの挨拶を言い、背中を向けたときに、後ろから手をつかまれた。
「待って。これで終わりにしちゃうの、嫌だよ」
「…電話するから。この日に必ず」
一年に一度嘘をついても良いこの日だけ、僕はあの子に電話をかける。
目を開ける。日は完全に落ち、電飾でギラギラした光が、部屋の中をカラフルに照らしている。
あの子は子供を持ち、幸せを手に入れた。
もう電話すんのは、終わりかな…
僕はベッドから起き上がり、カーテンをさっと閉めた。