スコーン
著者・林 光太郎
彼は人を待っていた。春は天候が変わりやすい。予報では曇りだったのが、急に小雨が降ったりする。彼の周辺にも雨が降っていた。
彼は立っていた。立っていることによる、エネルギーの消費量は 座っている時の倍と言われる。彼は疲れていた。そこで身体を弓形に曲げ、立つことによって使うエネルギーを少しでも減らそうと考えた。
彼は何でも食べてしまう男だった。待っている間に何か食べたはずだが、もう覚えていない。硬いものだった気はする。彼の足元には、赤い破片が落ちていた。
彼女は歩いていた。彼女はイチゴが好きだ。この日もイチゴが散りばめられた傘をさしていた。赤く塗られた唇からは、今朝食べたイチゴジャムの匂いがかすかにしていた。
彼女はイギリス帰りの帰国子女だった。快活に育った彼女は、男に甘えることを知らなかった。そのせいか、彼氏ができず、マッチングアプリで男と会っては別れる日々を繰り返していた。
彼女はその時不注意だった。今日会う男のことを考えていたし、傘で前がよく見えていなかったのだ。彼女は待っている男の存在に気がつかなかった。二人はぶつかった。
スコーン

彼女は消えた。彼の唇は赤い汁によって染められた。
文/著者 プロフィール
