ほころぶ梅
著者・林 光太郎
「俺、結婚はしたくないけど、ウェディングフォトだけ撮りたいんだよね」
「は、意味わかんない」
「結婚はしたくない! だけど写真は撮りたい! 分かる?」
「分かるんだけど、それはなんで? って聞いてるの」
「えーだってぇ結婚っていいことなくない? 自由が減るのやだし」
「百歩譲って、したくない理由はわかった。だけどウェディングフォトだけ撮りたい、とは?」
「結衣との記念は残したいんだよね。3年も付き合ってるわけだし」
「そうだよ。3年だよ! 私は待ってるよ!」
「結衣の気持ちはわかってるよ〜。ただ僕は籍を入れることで、縛られたくないというか…」
「あーそういうこと。浮気したいから、結婚したくないってことね」
「違うよ〜。結衣は大好きだし、3年も一緒にいるわけだし…ね」
「じゃあ別れたいってこと?」
「いやいや、そうじゃなくて、なんていうかなぁ」
「なによ」
「事実婚ってやつ?」
「よく聞くけど、和也はなんなのかわかってる? 私子供とか欲しいよ。その時、ちゃんと責任持ってよ」
「え〜知らないけど、その時は責任持つよ!」
「適当かよ。はぁもういいわ。準備出来た? 予定通り、まずは出かけるよ」
「いやいや、結衣はどうおもうn…」
「話は後!!和也、行くよ」
「はぁ〜い」
玄関に鍵を掛け、並んで歩いていく。
道々には、泥に汚れた雪の塊が残っている。
2日前、東京に雪が降った。物珍しい雪に都内中が浮かれていた。
雪国生まれの私たちも、上京してきてから2年ぶりの雪にはしゃいだ。まんまるの雪だるまを作り、一緒に写真を撮った。雪合戦をし、隣の家に住むおじさんの乗るカローラにぶつけて、慌てて家の中に隠れた。
道端に残る雪が視界に入ってくる中で、結衣はあの瞬間の楽しかった気持ちを思い出していた。
しかし、横にいる和也がさっき言った「結婚はしたくない」と言う言葉を聞いた時の底に落とされたような気持ちが、楽しかった時の気持ちを上書きしていく。
「はぁ」
「結衣ため息なんか吐いてどうしたの?」
ここまで和也が無計画だとは思わなかった…私の3年…結衣は頭を抱えたくなる。
頭を悩ませている間も、和也は、鳥を見つけては「あっ結衣鳥だよ!」、高級車が横を通れば「あの車、かっこいいね」とべちゃくちゃ話し続けている。
そうこうするうちに、庭園の入り口に着いた。入園料を支払い、中へ入る。
見たかった梅の花はまだ咲いていなかった。
「ねぇ来て来て〜」
和也が手招きしている。指で枝の一部を摘んで、ニコニコとこっちを見ている。覗き込むと、厳しい冬を乗り越えた枝たちの上に雪がうっすら積もっている。和也が枝を揺さぶるので、やめさせようと和也の手を掴もうと手を出しかけたら、雪の下から梅の蕾が現れた。
「ほらっ開きかけてるよ」
ほころびかけた梅の蕾に、結衣は自分を重ね合わせ、頭を抱えた。