カエルの舞台

「殿、ご注進!ご注進!」
 家来が殿様の部屋に駆け込みます。
「なんじゃ、騒がしい」
「殿、大変です、敵が攻めてきました!」
 殿様は扇子でぴしゃりと床を打ちます。
「むむむ、かくなるうえは……」
「ダメ、ダメ、ストップ!」
 演出家の声が響き渡り、殿様役の役者さんは動きを止めます。
「何度言ったら分かるのかなぁ、そうじゃないんだよ。もっとこう殿様らしさを出してもらわないと……」
 演出家はそう言うと、大きなため息をつきました。
「もし、呼ばれましたかな?」
 演出家が足元を見ると、一匹のカエルがいます。
「わしはトノサマガエルじゃ。ため息などついて何かお困りごとかな?」
「ええ、実は殿様役の役者さんがどうもいまいちなもので、このままでは舞台の初日に間に合わないんですよ」
「なるほどの。どれ、わしが一つ手本を見せてやろう」

両国亭
両国亭

 カエルがのそりと舞台に上がろうとすると、演出家は慌てて遮ります。
「でも、カエルさんのような見た目ではちょっと……」
「ええい、黙れ!」
 カエルが大口を開けて一喝すると、演出家はたじろいでしまいます。
「魚は殿様に焼かせよ、餅は乞食に焼かせよと申すではないか!このたわけめ!」
「ははぁ!」
 演出家は額を床に付け、その場にひれ伏します。
「苦しゅうない、面を上げよ、はっはっは」

 桜の花の蕾が膨らんできました。もうすぐカエルが冬眠から目覚める時期です。チヒロちゃんは水槽をそっとのぞきます。カエルはまだ、眠っているようです。こころなしか口元がほころんでいるように見えます。

カエルの舞台

デラシネ書館
藤岡真衣