マネキン夜行
チヒロちゃんは、夜の小路でマネキンたちが歩いているのを見かけました。チヒロちゃんが後をつけて行くと、マネキンたちは提灯の並んだ料亭に入って行きました。
「はやくはやく」
女将さんにせかされ、マネキンは廊下の突き当りの部屋に入りました。みんな慣れた手つきで、着物の袖に腕を通します。
「あら、新入りの子ね」
女将さんは、チヒロちゃんにも着物を着せ始めます。
「今日はこちらのお部屋ですよ」
女将さんが襖を開けました。お座敷では、お客さんが机を囲んで食事をしています。マネキンはお客さんの脇に座り、お酒を注ぎます。お客さんは嬉しそうに、盃を傾けます。
「お姉さん、べっぴんさんだねぇ。うちの娘と同じくらいの歳だよ」
「若いのも連れてこようと思ったんだけど、あんまり無理に誘うと、今じゃパワハラだ何だってうるさいからね。悪いね、こんなおやじばっかりで」
「やっぱり、ここの子には華があるねぇ」
お客さんは頬を赤らめ、マネキンに話しかけます。マネキンは黙ってお客さんの脇に座っているだけですが、宴席は大賑わいです。
マネキンと肩を並べて歌うお客さんや、マネキンに株の話しをするお客さん、マネキンとじゃんけんをするお客さんを、チヒロちゃんは部屋の隅でぼんやり眺めています。
チヒロちゃんが目を覚ました時、お座敷には誰もいません。机の上は、綺麗に片付いています。外に出ると、もうお日様が高くまで昇っていました。
細い小路を抜けると、すぐにデパートがありました。ショーウィンドウには、いつもと変わらないポーズのマネキンが立っています。
「いらっしゃいませ」
入り口に立つスーツ姿の女の人は、どこか昨晩の女将さんに似ていました。
デラシネ書館
藤岡真衣