ワニの涙

チヒロちゃんは黒板を打つチョークの音を聞きながら、ノートの隅に鉛筆を置き、雲の形をなぞります。

ぐねぐね曲がった線の端と端を結ぶと、ワニの形になりました。でも、ワニにしては尻尾が短かすぎます。

窓から差し込むおひさまの光が温かくて、チヒロちゃんはうとうとまどろみ始めます。チヒロちゃんは、ワニがノートの隅から逃げ出したことに気がつきませんでした。

ノートから逃げ出したワニは、河川敷へと向かいます。

水の中では魚たちが、ウロコをきらきら光らせながら泳いでいます。

ワニの涙
荒川 河川敷

――ざぶん!

ワニは魚をつかまえようと水に飛び込みますが、尻尾が短いせいでうまく泳ぐことができません。下へ下へと沈んでゆくワニの近くを、魚たちがすいすい通り過ぎてゆきます。

手足をばたばた動かして、ワニはなんとか陸にはい上がりました。ワニは水の中の魚たちを目で追いながら、自分の尻尾に触れてみます。やっぱり尻尾は短いままです。引っ張ってみても、ちっとも長くはなりません。

ワニの目から、大粒の涙がこぼれます。

降り出した雨の音で、チヒロちゃんは目を覚ましました。窓の外には、相変わらず澄んだ青空が広がっています。

「お天気雨ね」

先生が手を止めて、窓の外を見ながら言いました。

ワニの涙

向島 デラシネ書館
藤岡真衣