恵比寿様のダイエット
「次の方どうぞ」
看護師さんに促されて恵比寿様が診察室に入ります。
「お名前は恵比寿様でよろしいですか？」
「はい」
丸椅子に腰かけた恵比寿様に、先生がカルテを見ながら質問します。
「前回の定期健診から、だいぶ体重が増えたようですね。血圧も上昇しています。運動はしてますか？」
「いいえ、ずっと台座に座りっぱなしなので。ほら、このとおり」
恵比寿様は笑いながら大きなお腹をさすります。
「食事は？」
「お供え物でいただいた魚やお菓子を食べてます」
先生は眼鏡を外して、恵比寿様の目をじっと見つめます。
「いいですか、脅すわけではありませんが、このままだと大黒様のようになってしまいますよ」
恵比寿様は、先日倒れて緊急搬送された大黒様のことを思い出しました。
「バランスの良い食生活と、適度な運動を心掛けてください」
それから恵比寿様は、三百六段ある階段を毎日十往復してから境内で腹筋をして、食事はサプリメントに切り替えました。
二か月後には腹筋が割れ、すらりとした体型になっていました。台座に立つその姿はまるでギリシャ彫刻のようです。
ある日、杖をついた老人が恵比寿様に声を掛けます。
「この辺りで、恵比寿様を見かけませんでしたか？」
「私ですよ」
「ははは、ご冗談を。困ったなぁ、お供えをしに来たのに」
老人の持つ紙袋からは、えびす様の好物の鯛がのぞいています。
「本当に、私が恵比寿なんです、信じてください！」
老人は困ったように笑い、頭を小さく下げて神社を後にしました。
お参りにやってきたチヒロちゃんは、台座で肩を落としている恵比寿様を見つけます。どうやらあまり元気がないようです。チヒロちゃんは、おやつに持ってきたタイ焼きをお供えしました。
デラシネ書館
藤岡真衣
