蝶のいた店

河の近くに、見慣れない茶屋がありました。もう日が落ちてあたりは真っ暗ですが、そこだけ提灯の灯りで薄ぼんやりと浮かんで見えます。茶屋に近づくと、かすかに人の笑い声が聞こえます。小夜は格子の隙間から、茶屋の中をのぞきました。

墓石屋の源さんや、その息子の平八郎さん、それから小夜に髪結いを教えてくれる八重さんまでいます。みんな美味しそうに茶漬けや餅を食べています。

八重さんと、目が合いました。八重さんは、手招きします。小夜は母も呼んで来ようと、駆けだしました。

「みんなお茶屋でご飯を食べています」

小夜は家に帰るなり、母に言いました。

「そんなわけないでしょう。庚申の夜は、何も食べない決まりなのですよ」

母は破れた着物を縫いながら言います。

「私のことも誘ってくれました」

母はそれを聞くと、手を止めました。

「行ってはなりません」

母はきつい口調で言いました。

翌朝小夜は、茶屋があった場所へ向かいます。

そこには壊れそうな茅葺きの廃屋がありました。小夜は格子から中をのぞきますが、がらんとして人の気配はありません。

「あ」

小夜の目に、三羽の蝶が舞っているのが映りました。

チヒロちゃんは料理を待っている間、お店の壁にかけられた蝶の標本を眺めています。

「あれはね、オオルリアゲハだよ」

店主がハンバーグをチヒロちゃんの前に置き、言いました。

「開発の前は、この辺りにも蝶がたくさん飛んでいたらしいよ」

チヒロちゃんがソースをハンバーグにかけると、じゅーっと音がします。

「熱い内に食べるんだよ」

店主はチヒロちゃんに言い、厨房に戻りました。

蝶のいた店

デラシネ書館
藤岡真衣