甘い果実
「その甘い実はどこで採ってきたんだい」
小さなくちばしを忙しく動かす坊やを眺めながら、母鳥は尋ねました。
「この実は山のふもとで人間の子どもに分けてもらったんだ」
人間という言葉を聞いたとたん、母鳥の顔色がさっと変わりました。
「人間の所へ行くのはおよし」
母鳥は小さな声で早口に言います。
「この実が食べられなくなるくらいなら、少しくらい危ない目にあったってかまわないよ」
珍しく坊やが口ごたえをするものだから、母鳥は少しの間考え込みました。母鳥が黙っている間も、坊やは人間からもらった甘い実を頬張っています。
「では人間をここに連れてきて、その実のなる木のありかを聞き出しましょう。そうすればもう人間の所へ行かなくても実が食べられるでしょう」
あくる日坊やは公園で仲良くなった人間の女の子、チヒロちゃんを巣に連れてきました。
「甘い実がなる場所へ、案内しておくれ」
チヒロちゃんは行きつけの駄菓子屋さんへまっしぐら。母鳥と坊やはチヒロちゃんの後に続きます。
色とりどりの実が山積みになっている様子を見た坊やは甲高い声でさえずり、チヒロちゃんの後に続いて駄菓子屋さんに入って行きました。
甘い実に囲まれた坊やとチヒロちゃんの姿が、駄菓子屋さんの前にできた小さな水たまりに映っています。母鳥はそれを見て、昨日森にも雨が降ったことを思い出しました。
母鳥は街路樹にとまり、坊やの声や人々の笑い声、時間を知らせる鐘の音を聴いています。その足が微かに震えていることに、坊やが気付くことはありませんでした。
向島 デラシネ書館
藤岡真衣