鬼のツノ
「丸刈りにしてくだせぇ」
お客さんは席に着くなり、低い声で言いました。
床屋の主人はバリカンを手に取り、端から綺麗に刈り上げて行きます。刈り上がった頭の上には、二本の立派なツノが残りました。今日のお客さんは山を下ってきた鬼だったのです。
「しっかりツノも切り落としてくださいよ」
お客さんは言いました。
「ツノは、切れません」
床屋のハサミで、固い角を切り落とすことはできません。
「それは困りますねぇ。あっしは人間の世界で暮らすために故郷に別れを告げてきたんでね。ツノがあると人間と上手くやって行けんでしょう」
鬼は眉間に皺を寄せ、右手でぎゅっとこん棒を握りました。
「鬼さんの場合ですと、ツノが隠れるようにパンチパーマにするのが一般的なんですよ。最初に言っていただければご案内できたのですが」
鬼は眉間に皺を寄せ、低い唸り声をあげながら鏡に映る刈り上がった頭をじっくりと眺めます。
「これからどうされるのですか」
床屋の主人が尋ねます。長い沈黙の後、鬼はぎゅっと歯を食いしばって声を絞り出しました。
「髪が伸びるまで、ここで働かせてくだせぇ」
鬼が担当する最初のお客さんは、チヒロちゃんです。
「今日はどんな髪型にしたいのかな」
帽子を深くかぶった鬼が、チヒロちゃんに尋ねます。
チヒロちゃんは一枚の紙を鬼に差し出しました。そこには、鬼の絵が描かれています。それを見た鬼の表情が、サッと変わりました。
「ツノなんてやめておきなさい」
鬼は低い声で言うと、部屋の奥へ行ってしまいました。
床屋の主人は、やれやれとため息をつき、チヒロちゃんの頭に巻貝を二つのせました。
鬼ははしゃぐチヒロちゃんの声を聞きながら、自分のツノを手でそっと撫で、いままで傷つけてきたものたちのことを思い出します。
向島 デラシネ書館
藤岡真衣