から傘お化け

 仕事帰りの原田さんは、廃品回収車の荷台から何かが落ちるのを見ました。
「いたたたた」
 原田さんは声のする方へ駆け寄ります。
「すみません、ちょっと手を貸していただけませんか?下駄の鼻緒が切れてしまったんです」
 路肩に倒れていたのは、から傘お化けでした。から傘お化けは原田さんの手を借りて、一本足で立ち上がります。
「大丈夫ですか?骨が折れてしまっているようですけど……」
 原田さんが心配そうに言うと、から傘お化けは苦笑いします。
「昔から何本も折れているんですよ、見てください」
 から傘お化けが傘を開いてみせると、何本もの折れた傘の骨がぶら下がっています。
「私みたいな役立たずは放ったらかしにされて、ゴミに出されてしまうんです」
 から傘お化けは大きな目を伏せて言いました。
「一緒です。私も家ではのけ者にされているんですよ」
 原田さんも目を伏せて呟きます。
「もしお時間あるようでしたら、どうです?一杯やりませんか?」
 から傘お化けと原田さんは、居酒屋の暖簾をくぐります。

居酒屋
居酒屋

「最初の頃は、大切にされていたんです。でもビニール傘やワンタッチ傘が普及するようになってからは、ずっと物置の中に入れられてました」
 から傘お化けは焼酎をあおってから溜め息をつきます。
「私も最初の頃は幸せでした。しかし、最近は家に帰れば妻には煙たがられ、中学生になった娘は私のことを臭いとかキモいとか言うだけで、ほとんど口も聞いてくれません……」
 やがて二人は酔いつぶれてしまい、寝息を立てはじめました。
 原田さんが目を覚ますと、カウンターには一本の傘が置かれていました。傘の名札には「原田」と書かれています。原田さんはその傘をずっと昔に使っていたことを思い出しました。

 突然、雨が降り出しました。チヒロちゃんは軒下で雨宿りをしています。
「良かったらこの傘、使ってください。古いけど、結構いい奴なんですよ」
 スーツ姿のおじさんが、チヒロちゃんに傘を差し出しました。

チヒロちゃん から傘お化け

デラシネ書館
藤岡真衣