迷子の鳥
宿題をしようと椅子に座り、辞書を開いたチヒロちゃんは首をかしげました。辞書から「林檎」の文字が無くなっています。「葡萄」も「苺」の文字もありません。
コツコツと、誰かが窓を叩く音で、チヒロちゃんは顔を上げました。
「コンニチハ。イチゴハコノニワ二アリマスカ?チョウドヨイイチゴヲオネガイシマス」
一羽の鳥が、窓の隙間から部屋をのぞいています。
「ワタシハイチゴバタケデブドウトリンゴヲタベタイ」
鳥の目はどこか遠くを彷徨っているようです。
チヒロちゃんはおやつのピーナッツを鳥にあげました。鳥はあっという間にピーナッツをたいらげると、しばらく沈黙してから口を開きます。
「ワタシハマイゴ」
そう言うと鳥はうつむいてしまいました。
チヒロちゃんは押入れから地球儀を取り出します。すると、鳥は地球儀をくちばしでつついて回し始めました。
「ココデモナイ、ココデモナイ……」
地球儀がカラカラ回り続けている内に、鳥は目を回して倒れてしまいました。
チヒロちゃんが声をかけると、鳥は目を覚ましたが、キョトンとしています。どうやら言葉を忘れてしまったようです。
鳥は甲高く一声鳴くと、太陽が沈んで行く方へ飛んで行きました。
デラシネ書館
藤岡真衣