ヤドカリの家
ヤドカリは、新しい家を探しています。磯に落ちているのは、似たような色や形の巻き貝ばかりです。
「いつまでも借り住まいじゃね」
「やっぱり持ち家じゃないとな」
通りすがりの人が話すのを、岩陰に隠れたヤドカリは聞いていました。
ヤドカリは、町の不動産屋へ向かいます。
「新しい家を探しているんですが」
ヤドカリが言うと、不動産屋は分厚いファイルを取り出しました。
「ご予算はどのくらいですか?」
不動産屋はファイルを開きながら、尋ねます。
「これくらいです」
ハサミにはさまれた貝殻を見て、不動産屋は申し訳なさそうに言います。
「貝殻のお金はお使いいただけないんですよ……」
ヤドカリはハサミを垂らしてうつむいてしまいました。
「お安く済ませたいのでしたら、リフォームがお勧めです。ただいまでしたら半額でご案内することができますよ」
不動産屋はファイルをぱらぱらめくって見せます。
「いかがですか、こんなに綺麗になりますよ。もしご印鑑と身分証明書をお持ちでしたら、すぐにご契約が可能です」
不動産屋がめくったページから、ひらりと一枚のパンフレットが落ちました。それを見て、ヤドカリは思わず「あっ」と声をあげました。
「これは、なんの写真ですか?」
ヤドカリがうわずった声で尋ねます。
「あぁ、なんだ、アンモナイトですか。これはちょうど今博物館でやっている展示物の写真ですよ」
「すごい。こんなに立派な家を見たのははじめてだ」
ヤドカリは目をきらきらさせて言いました。
「ここにします」
ヤドカリは博物館へ向かいます。新居が待ちきれなくて、貝殻の家は途中で脱ぎ捨ててしまいました。ヤドカリは裸のまま博物館へ入って行きます。
博物館から出て来たチヒロちゃんはきらりと光るものを見つけ、拾い上げます。それは、綺麗な巻貝でした。微かに磯の香りが漂います。
向島 デラシネ書館
藤岡真衣