お菊さんのお皿
夜になると人気のない空地にある古井戸から、着物を着たお菊さんがぬっと姿を現し、お皿を数えはじめます。
「一ま~い、二ま~い、三ま~い……八ま~い、九ま~い。一まい足りな~い……」
お菊さんはすすり泣き、涙を袖で拭います。
一昨年の暮れにはじまった工事がようやく終わり、古井戸のあった空地は大きなショッピングモールになりました。工事が終わるまで身を隠していたお菊さんは、ショッピングモールの向かいの噴水広場に立ち、お皿を数えはじめます。
「一ま~い、二ま~い、三ま~い……八ま~い、九ま~い……」
お菊さんは、すぅっと息を吸い込みます。
「一まい足りな~い!」
ショッピングに訪れていた家族連れやカップルたちが一斉にお菊さんの方を見ます。
「お客様、どうされましたか?」
ショッピングモールから案内係の女性が駆け寄ってきました。
「私は、奉公先で家宝のお皿十枚のうち一枚を割ってしまいました。それ以来こうしてお皿を数えないではいられないのです」
お菊さんは震える声で言います。
「ご安心ください、お客様。生活雑貨のコーナーにお皿を取り揃えてございますので、ご案内いたします」
お菊さんは神妙な面持ちで案内係の女性の後に続き、エレベーターで四階の日用品フロアに向かいます。
「こちらのお皿はいかがでしょうか?地球に優しい天然素材でできているんですよ。薄緑色のシンプルなデザインも大変人気です。ただいまお試しキャンペーン期間中なので、無料で差し上げております」
お皿を受け取ったお菊さんは感動のあまり言葉を失います。
「何とお礼を申し上げれば良いことやら……」
お菊さんはか細い声でそう言うと、帰って行きました。
それ以降、噴水広場にお菊さんは現れなくなりました。
チヒロちゃんは最近仲良くなった河童と散歩をしています。ところが河童はどこか元気がありません。チヒロちゃんはふと河童の頭のお皿がなくなっていることに気づきました。
チヒロちゃんは、河童の頭に百円の紙皿をのせてあげました。河童は心なしか元気になった気がします。
チヒロちゃん 完
デラシネ書館
藤岡真衣