すみだの仕掛け人
ライター:山越栞
リニューアルしたすみだノート1回目は、墨田区を舞台に活躍する「仕掛け人」特集です。まるで街を大きな遊び場のようにして、人々がアッと驚いたり、興味を持って集まってきたりする場をつくっている3人。その先にあるのは、三者三様の「街へのまなざし」でした。
「貧しさの連帯」が進化させた文化は
次世代に残したいコミュニティの礎へ
後藤大輝さん
2008年に京島へ移住。2010年より墨田区京島にて「爬虫類館分館」を開始。現在20軒程を運営。古い長屋だけでなく、新しい建物が街に馴染む建築のあり方も模索中。100年先の土地建物・長屋文化を継承する受け皿、八島花文化財団を立ち上げ準備中。暇と梅爺株式会社 代表取締役。
この街に惹かれたのは、京島での生活を映像作品として残したいと思ったからです。京島は、戦前の建物が東京都内でも多く残る場所。細い路地にある長屋や、町工場や商店で人々が働いている姿が創造的で魅力的な地域と感じました。
実際に住んでみると「ここにはもっと何かが残っているぞ」と。ご近所付き合いの仕方など、都市と田舎を同時に感じる特有の文化が自然と営まれているんです。よそものだった自分が、この街を子どもたちにも残したい故郷だと思えた。これは、すごく貴重なことでした。もちろん地元に帰れば親や親戚もいるけれど、それを超えて安心できるものが、この場所にはあります。だから、そこに価値を感じる人たちとみんなで一緒に大事にしていきたいんです。
そもそも僕が録りたかったのは、この街で仲間たちと〝これからの新しい暮らし〟を築いていく様子でした。それらを映像に残すことによって、「こんな暮らしができるんだ」と、他の誰かの表現活動や創造的な暮らしの後押しができたらいいなと思っていました。新しい暮らしと、京島の古い街並みはギャップがあるように感じるかもしれませんが、コロナ禍で多くの人が再認識したような「コモンズ」や「コミュニティ」の理想的な形につながる基盤は、この街に残る風景や人々の暮らしがあってこそ叶うものだと感じています。
リノベーション長屋
もともとは「貧しさの連帯」だったり、古くて危ない建物といった「ネガティブなもの」の共有から、それらを克服しつつも全てを否定せずに継続してきた工夫の絶えないライフスタイルが誇らしく感じるのです。問題がたくさん起きても何とかなると思えたり、複雑さが大らかさに繋がるのか、不思議な安住感があるのも長屋文化らしさだと思います。
問題があるから声をかけ合うことや、ものづくりの工場を背景とした「表現することが当たり前」の下町の感覚は、アーティストやクリエイターにとって魅力であり、この街で暮らしてみたいと興味を惹かれる。僕が暮らし始めてから十数年で、そんな風潮は徐々に高まってきています。
だから現在の活動は、手法が映画ではなく、地域や建物の新しい仕組みづくりに変わっただけのことなんです。ここに行き着くまでには、僕よりも前からこの地域で「アート×防災」のプロジェクトに取り組んできた先輩たちからの影響も大いにありました。京島周辺の地域は、古い建物が戦禍を逃れて残っているからこそ、自然災害や火災が起きた場合のリスクが大きく、まちづくりの観点でも長年問題視されてきました。とはいえ、長年ここに住んでいる人たちに対して、大手デベロッパーを中心とした都市開発を進めるには無理があります。だからこそ工夫して、創造性を活かした文化芸術プロジェクトが多く起こり、全国でも先駆けて行われてきたのだと思います。「向島博覧会」や「墨東まち見世」がその代表的な例です。それらに関わってきた先輩方から、僕もクリエイター・アーティストとして声をかけてもらい、活動に加わるようになりました。
すみだ向島EXPO
そんななか、オリンピックの開催で東京への注目が高まった2020年にスタートさせたのが「すみだ向島EXPO」です。これは、大家さんや地主さん、住民の方々、外部からこの地域に関心を持ってくれている方などの協力を得て、地域にある建物や土地を会場にしながら、さまざまな展示や企画を行う1ヶ月間の博覧会です。壊れても工夫して直す、悪い部分は改善させて使い続けてきた知恵を無きものにしてスクラップ&ビルドを進める開発に対する疑問や、それらによって失われるかもしれない文化を再認識し、この街の未来を考えていくために、これまでに行われてきた文化芸術プロジェクトの流れを引き継ぐ形で立ち上げました。
3年目となる今年は、すみだ向島EXPOを一過性のイベントで終わらせないために、この地域に残していくべきものを守り、引き継いでいくための受け皿として文化財団を立ち上げようとしています。この財団は、いわゆる誰かのお金を資本として運営するのではなく、市民がイチからつくるコミュニティ財団です。この街にある土地建物や人の暮らし方、複雑な場面で使えるあいさつのメソッドみたいなものや、災害時に助け合えるような普段からの人付き合いなども、生活文化の財産として規定していこうとしています。市民のコミュニティ財団で地域の土地建物を残していこうとしている事例はあまりないからこそ、これからの社会で先駆けとなるモデルになるはずです。興味を持ってくれた方に間口を用意しながら、この街だからできることを示していきたいです。
面白い文化・場所が育ちつつある街で
「みんなが楽しい」を考えていく
岸野雄一さん
勉強家(スタディスト)、東京藝術大学大学院、立教大学現代心理学部、広島市立大学芸術学部・非常勤講師、美学校音楽学科・主任。第19回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門大賞受賞。ヒゲの未亡人、ワッツタワーズ、流浪のDJ、ほか
若い頃は「面白いものは地元にはない」と、遠くに自分の居場所を探しに行くけれど、最終的には「自分の住んでいる場所を面白くするのがいいんじゃないか」って気が付くんですよね。だから僕は、この辺に住んでいる人が、渋谷新宿下北高円寺に行かなくても済むような文化圏ができるといいなぁと思っているんです。
浜町での「コンビニDJ」をきっかけに、盆踊りを老若男女が楽しめる形へと、日本全国各地でアップデートさせるお手伝いをしてきたなかで、最近では隅田公園でのDJ屋台や、京島の電気湯での銭湯DJ、築100年ほどの長屋を活用した飲食店 三/十での「おでんディスコ」など、面白い活動が周りで起こり始めていて、自分の得意な音楽的な分野で、手を貸す側にまわる事が増えてきました。
だけどそういうときに、「今ここに来ていない人たちはどうしてるんだろう」と考えたりも。音楽カルチャーに対しての先入観やアレルギーがある人でも「自分も居ていいんだ」と思えるように、間口を広げることに気をつけています。
理想は、徒歩圏内に面白い場所がたくさんある文化圏として、この街がもっと育っていくこと。「今日はあそこでイベントがあるから行ってみようよ」と、あちこちハシゴしたり、国内外から訪れた人たちに「あそこが面白いよ」と教えたくなる場所が増えていくと嬉しいです。出発点だった「自分の住んでいる街を面白くしたい」という気持ちはずっと同じですね。
公共を意識してつくった居場所が
きちんと活用されるための基盤をつくる
細田侑さん
東京都墨田区出身。高校での島留学や東北での復興支援をきっかけに地域活性やまちづくりに興味を持ち、大学ではコミュニティマネジメントを専攻。マーケット運営や離島の活性化、水辺のまちづくりなど地域活動の場を広げている。
生まれも育ちも墨田で、田舎というものにずっと憧れがありました。だから「島留学」として伊豆大島の高校に進学したんです。当時はゆくゆく海外で活動したいと思っていたのですが、そこで「Think globally, act locally.(地球規模でモノを考え、地元で行動しよう)」という言葉に出合って、「近く」にも目を向けるようになりました。
高校を卒業したのは、ちょうどスカイツリーの建設が進んでいる頃。区の行政や住人たちは「街の魅力を発信していかなければ」と意気込んでいる時期でした。そのタイミングで「ヤッチャバ」に参加しないかと声をかけてもらったのが、墨田での活動に入っていくきっかけです。
ほかにも、北十間川エリアをどういったエリアにしていくかを検討するプロジェクトに「ミズベリングSUMIDA」のメンバーとして参画。地域の方とのワークショップや社会実験の運営を通して、新しい居場所づくりに取り組む。
でも、こういうときって「実際にどう使いたいか」がイメージできていないと、せっかくできた場所が宝の持ち腐れになってしまうんですよね。だから社会実験として「このエリアがどう活用されたら楽しいか」を地元の人たちと考え、総勢150名のバーベキューを企画したり、コロナ禍でオープニングイベントが大々的にできないなかで野外映画祭を開催したりも。まずは自分がその場を使って周りの人たちに「こんなこともできるんだ」と思ってもらうことで、活用しやすいベースを作れたらと思っています。