向島の家と路地と歯科医院の記憶

花空木デンタルケアオフィス
院長 永尾真以

永尾真以

大正初期から代々歯科医院を営む家に生まれ育ちました。

幼い頃過ごしたその家には、玄関の前に牛乳箱と歯科技工箱が並べて置かれ、いつもだれか人が居る賑やかな昭和の家庭と家業がありました。

夕方にはお豆腐や吉備団子を売りに来る音。どこからか漂ってくる町工場のにおい。家の窓から溢れてくる夕飯の気配。診療を終えて戻ってきた祖父の膝の上で、歯科薬品の匂いが残る指で分けてくれた蜜柑の香り。テレビに映るお相撲のかけ声。夜になると集まる親戚や近隣の歯医者さんたち。楽しそうな声と美味しそうな食事の香りが、子供部屋まで伝わってきました。私も大きくなったら歯医者になって、ここに加わるのかなと思いながら就寝した記憶があります。子どもだった私の頭の中は、自分だけ大人になって周りは歳を取らない未来。今は皆、心の中にいます。

春には青い草木と川水の、秋にはどこかのお庭の金木犀の香り。
夏には祭囃子や花火の、冬には火の用心の打ち木の音。
どれも昨日のことのように思い出します。
今でも、街を歩いているとふとあのときの欠片に再会することがあります。
そんなときは思わず立ち止まり、振り返らずにはいられません。

もし願いが叶うとしたら、あの頃に戻って駅前のお寿司屋さんや交差点脇のお蕎麦屋さんの出前で食卓を囲んで桜餅や草餅も用意して、あのときの皆に報告したいです。
「私もね、大きくなったら歯医者になったんだよ!」って。