桜住まう家

「裕次や。ここに生えてた桜の木わな、すっごい神様が宿ってるで、ちゃんと挨拶せなあかんよ」

 僕の名前は布施裕次。僕はばあちゃんが所有するアパートに3ヶ月前から住ませてもらっている。食事をしていたところ、ある日天井から一枚の桜の花びらが舞ってきた。初めのうちこそ、綺麗だな~などと呑気に思っていたのだが、そのうち落ちてくる花びらの枚数が増え始め、掃除が大変になってきた。

 僕はばあちゃんに電話をした。

「ねぇねぇばあちゃん、天井から桜が落ちてくるんだけど、これは何!?」

「あぁ、それはな、裕次は覚えてないかい?そこに桜が生えていた話をしたのを…」

「う〜ん、言われたような…ないような…」
「もしかして裕次、桜様に挨拶してないのかい?言ったやろ。せなあかんて」
「そんなちっちゃい頃に言われた話なんか覚えてないよ!」
 それからばあちゃんの話はしっちゃかめっちゃか。あっちにいったり、こっちにいったり。終わりがなかった…

 2日後。僕は天井を開いてみることにした。天井の角にある、外れそうな屋根板を「フンっ」と押し上げる。そうしたところ、天井裏には夜空をバックにした満開の桜…が一瞬見えたと思ったすぐ後、上から大量の桜の花びらがどさっと落ちてきた。
「うわ、なんだよ〜。いやいや、ちゃんとしなきゃ」
 僕はもう桜の幻影が消えてしまった屋根裏に向かって、手を合わせて、住ませてもらっている感謝を伝えた。

 その後、桜が落ちてくることはもうなかった。あれはなんだったのか、いまだに分からないが、僕は社会人になった後も住む家には、必ず感謝をまず始めに伝えるようにしている。だって、桜が降ってこられたりしたら掃除が大変だからね。

桜住まう家

林 光太郎
墨田区在住。
長野県塩尻市出身。
人生どん底の頃、小説を読み、生き長らえた経験から、誰もが気軽に小説を読めるようにするため創作活動に勤しむ。古民家をリノベした本屋「ものはいいよう」を不定休で開いている。