聞いて、聴いて、効いて。
とある週末、全墨田区民が音に酔いしれるらしい。私は、西東京に拠点を置く音楽専門の雑誌社で働いている。今日、懇意にしているジャズ奏者からとある噂を聞いた。
「あんたもネタなくて、退屈してるんだろ?それなら今度の土日、墨田区に行ってみるといい」
音楽を商業ベースでしか見ることのできない大人たち、古くさい雑誌社の社内、それら全てに飽き飽きしていた私は、取材範囲外の墨田区に半ば無理やり、取材の約束を取り付けて向かった。
そこには見たことない景色が広がっていた。墨田区と言えば下町。若者は少なく、暮らしのための街だと思っていた。だが、街中で点在して行われる音楽の演奏があり、足を止めて聴く人がいれば、チラ見して通り過ぎる人もいる。それでも、みな一様に身体はゆらゆら音に揺れている。錦糸町駅前の公園で奏でられるトランペットの響き。商店街の中にある空き地から聞こえてくるギターの音。
私は、墨田区を、ひいては東東京という場所を侮っていた。ここには、新しい文化が生まれつつある。
その音を、私は聞いた。
そして、聴いた。
どうやらそれは私にも効いてしまったらしい。

林 光太郎
墨田区在住。
長野県塩尻市出身。
人生どん底の頃、小説を読み、生き長らえた経験から、誰もが気軽に小説を読めるようにするため創作活動に勤しむ。古民家をリノベした本屋「ものはいいよう」を開いている。

