本を持って町へ出よう

本を一冊持って、町へ出る。
公園のベンチ、商店街の片隅、電車の見える風景。
家で読むだけじゃない、“町で読む”楽しさがあります。
今回のすみだノートは、本屋さんと読書スポットをめぐりながら、
「本」と「町」の心地よい関係を探します。

自成堂
町の本屋で出会う、“偶然”という宝物

東武亀戸線・小村井駅から歩いてすぐ。明治通り沿いに、昔ながらの空気をそのまま残した書店があります。
立花二丁目の書店「自成堂」。店内へ足を踏み入れると、平積みされたファッション誌、表紙をこちらへ向けたホビー雑誌、ぎっしり並ぶ小説や漫画たち。そして低い棚には、小さな子どもたちのための絵本が並んでいます。
「最近は本屋が減ったよね」そんな声を耳にすることも増えました。でも、自成堂には今も“町の本屋”の時間が流れています。
店主の板津武さんは83歳。生まれも育ちも墨田区です。

現在は奥様と息子さんとともに店を切り盛りしています。今年でご夫婦は結婚53年。年齢を聞いて驚くほど、板津さんは明るく元気でした。
自成堂が会社組織になったのは1962年頃。当時は百科事典ブームの真っ只中でした。
「昔はどこの家にも百科事典があったでしょう」と板津さんは懐かしそうに笑います。
しかし、書店としての歴史はそれよりさらに長く、個人経営時代まで遡ると70年以上。板津さんが小中学生の頃にはすでに店があったそうです。
「昔は半分くらいの広さだったんだよ。隣が自転車屋さんでね、そこが空いて広げたんだ」もともとは古本屋のような形だったものを、お兄さんが本格的な書店へ育て、現在は板津さんがそのあとを受け継いでいます。

「あそこが乾物屋で、あれが和菓子屋で…」そう語る板津さんの言葉からは、かつての商店街の風景が浮かび上がります。
では、なぜ今も本屋を続けているのでしょうか。
「やっぱり接客だね。馴染みのお客さんと話すのが楽しいんだよ」その言葉には、とても自然な温度がありました。
“本が好きですか?”という質問には、少し考えてからこう答えてくれました。
「好き嫌いじゃなくて、もう当たり前の存在なんだよね」
生まれた時から本がそばにある人生。だからこそ、自成堂には独特の居心地があります。
ネットでは目的の本を“探して”買うことができます。

でも町の本屋には、偶然棚から手に取った一冊が、その後の人生を変えてしまうような出会いがあります。
ふらっと立ち寄って、たまたま見つけた本が、一生ものになる。
そんな“奇跡の出会い”は、実店舗だからこそ生まれるのかもしれません。
ちなみに板津さんのお姉さんは、現在もトランペット奏者として活動中。なんと、すみだストリートジャズフェスティバルにも出演しているそうです。
本屋とジャズ。どちらも、長い時間をかけて人の暮らしに寄り添ってきた文化なのだと感じました。

本を持って行きたいおすすめスポット
【東あずま公園】
自成堂から歩いてすぐの場所にある「東あずま公園」は、立花エリアでは比較的大きな公園。木々が多く、緑に包まれた空気が心地よい場所です。

広場や遊具、ベンチもあり、地域の人たちの憩いの場として親しまれています。現在は再整備も進められており、約40年ぶりとなるリニューアル計画が進行中です。
この公園の魅力は、“放課後の匂い”が残っていること。夕方になると、子どもたちの声と、少し湿った土の匂いが混ざり合って、どこか懐かしい空気になります。そんな中、木陰のベンチで本を読む時間は格別です。
そしてもうひとつ面白いのが、すぐ横を東武亀戸線が走っていること。フェンス越しに、2両編成の電車がコトコトと通り過ぎていきます。

photo:榎本佳介
大きな鉄道ではない、生活のすぐそばを走る電車。その景色が、この公園の空気感に不思議なくらい似合っています。
春には桜も美しく咲き、地域の人たちだけが知っているような、静かな花見スポットにもなっています。約22本の桜が植えられているそうです。
本を一冊持って、町へ出る。その行き先が、こんな公園だったら少し嬉しい。
そんなことを思わせてくれる場所でした。

自成堂
住所:墨田区立花2-4-2
営業時間:8:30〜20:00
定休日:日曜
kamos
他者と一緒に生きていく“共在”がテーマの本屋

キラキラ橘商店街にある、小さな本屋「kamos(かもす)」。
もともとは鮮魚店だったという建物を活用した店内に一歩足を踏み入れると、人々が行き交う商店街とはまた違った時間が流れているように感じます。
店内の棚には、いわゆるベストセラーがずらりと並んでいるわけではありません。
哲学や人文学、アート、社会問題に関する本が並びます。
特徴的なのは、その本の並べ方で、政治、環境、ジェンダー、都市、アート等、ジャンルごとにきっちり区切るのではなく、グラデーションのようにつながっています。
棚づくりにはこだわっていて、2〜3名のメンバーが関わり、それぞれの専門分野や関心が反映されています。
kamosは、系列店でもある銭湯「電気湯」が起点。銭湯は一緒に生きていくのが前提とした社会ですが、生きれなさを語れる場について考えるなかで、この本屋が生まれたそうです。
「答えが書いてある本よりも、問いを持った本が多いですね」
共同代表の柳下さんは、こう話します。

「他者と一緒に生きていくこと“共在”がテーマなんです」
銭湯には、年齢も職業も違う人たちが集まります。常連客が若い人に声をかけることもあれば、思いがけない会話が生まれることもあります。そんな風景を見続けるなかで、人と人との関係性や対話のあり方を、もう少しゆっくり考えられる場所が必要だと感じたそうです。
店名の「kamos」には、“醸す”という意味が込められています。
失われがちな会話や関係性を、この場所で少しずつ育てていきたい。そんな思いが名前にも表れています。
月に一度ほど読書会や哲学対話も開催され、棚を囲んで語り合うこともあるそうです。
また、2ヶ月に一度本が送られてくる、サブスクの選書サービス(20名以上のキュレーターが参加)など、新しい取り組みにも力を入れています。
根底にあるのは、「答えを出すこと」ではなく、「一緒に考えること」です。
一冊の本をきっかけに、自分とは違う誰かの考えに触れる。そして少しだけ世界の見え方が変わる。
商店街の一角にある小さな本屋では今日も、そんな静かな対話が醸され続けています。

本を持って行きたいおすすめスポット
【原公園】
商店街を見守る田丸稲荷神社のある原公園。
そんな公園で読むとしたら?Kamosの柳下さんが選んだのは『世界をきちんとあじわうための本』。「エッセイでも哲学書でもなく、日常の中での気づきを得られたり、何か視点が変わる」そんな本だそうです。
ゆったりとした時間が流れる公園のベンチに座って読めば新たな気づきがあるかもしれません。

kamos
住所:墨田区京島3-48-1
営業時間
月・水曜:15:00〜19:00
土・日曜:13:00〜18:00
ブックス栄真堂
商店街のまんなかで、本を手渡す

京島のキラキラ橘商店街を歩いていると、昔ながらの本屋「栄真堂」が見えてきます。
店内に入ってまず目を引くのは、ずらりと並んだクロスワードパズルの雑誌です。表紙が見えるように立てて並べられた棚は圧巻で、この店を訪れる人たちの日常が垣間見えます。
栄真堂は50年以上、この地で営業を続けてきました。店を始めた頃は、『少年マガジン』や『少年サンデー』といった週刊漫画誌が勢いよく売れ始めた時代でした。商店街には子どもたちの姿があふれ、本屋は学校帰りに立ち寄る身近な場所だったそうです。

取材中にも常連客がふらりと来店しました。
「来てるよ」
店主はそう声をかけると、レジの後ろの棚から予約していたクロスワード誌をひょいと取り出し、手渡しました。
大型書店ではなかなか見られない光景です。誰がどんな本を待っているのかを覚え、顔を見ればすぐに本を渡せる。そんな距離の近さが、この店の日常になっています。
「使命感なんてないよ」
店主はそう言って笑います。
「趣味みたいなもんだよ」
さらに「儲からないしね」と続けます。
けれど、その言葉とは裏腹に、この店は半世紀以上にわたって町の風景の一部であり続けてきました。
「お客さんが来て、おしゃべりしてくれるからね」
本を買う人。予約した本を受け取りに来る人。少し立ち話をして帰る人。栄真堂は本を売る場所であると同時に、人と人とがつながる場所でもあります。

本を持って行きたいおすすめスポット
【三角広場】
本を買ったら、商店街の中にある三角広場へ足を運んでみるのもおすすめです。かつて交番があった場所を活用した小さな広場には人工芝と手づくりのベンチが置かれ、地域の憩いの場になっています。
お気に入りの一冊を手に、ベンチに腰掛けてページをめくる。そんな穏やかな時間が似合う風景が、京島には今も残っています。

ブックス栄真堂
住所:墨田区京島3-19-4
営業時間:10:00〜20:00
定休日:年中無休
本屋ものはいいよう

築93年の長屋を改修して、本の循環をテーマに営業中。要らなくなった本を譲り受け、次の欲しい方に100円でお渡しする取り組みや、アーティストが作ったZINE等を販売。
店内には、壁一面の壁画作品や、能登瓦で作った椅子など、見て触れられるアート作品を多数展示。本とアートへの敷居を下げていきたい。
店主:林光太郎
本屋ものはいいよう
入場料: 投げ銭
住所:墨田区京島京島3-57-8
営業時間
水曜〜日曜
12:00〜18:00
