散る花、咲く花
「そうなの…じゃああの桜の木の下で」
3年ぶりにあの子から電話があった。あいつが事故で大怪我をしたらしい。
お見舞いに来てくれ…つったって、あいつとは大学卒業以来、かれこれ10年は会っていない。あいつの近況は、あの子との電話を通して聞いていたが、あいつはあの子と幸せな家庭を築き、俺は売れない小説家。現在の立場の違いを思うだけで、心体は重くなっていく。
だけど、あの子はどんな風になっているのかな…好きだった相手を覗き見たいという、一種下世話な気持ちが働き、会う約束をしてしまった。
約束の日、病院近くの桜の木の下でタバコを吸いながら待っていると、
「〇〇くん」と呼ばれた。チラッと声のする方を見ると、あの子とあいつに良く似た小学校低学年くらいの男の子。
僕は、慌ててタバコを踏み消すと、無意識でジーンズの後ろポケット辺りで、手を拭った。あの子に向かい手を挙げる。
「おう」病院まで並んで歩いていく。男の子はどこか気まずそうにしている。彼が、僕に話しかけてきたのは、小説を書いているという話題の時に一度だけ、
「えーどんなおはなし?」だけだった。
来るべきじゃなかったな…徐々に感じ始める。
あの子は男の子とずっと楽しそうに話している。たまに、あの子が僕に話しかけてくるが、それも仕方なくといった感じで、どうしても疎外感を感じてしまう。
あの子と僕との距離はこんなにも離れてしまった。もう大学時代の彼女はいない。ここにいるのは、僕の知らない女性だった。
長く引きずっていた青春時代の思い出がようやく吹っ切れたような気持ちになった。
落ちてくる桜の花びらを見ているうちに、この体験を創作に活かそう。僕はそう心の中で誓い、早速頭の中でプロットを組み始めた。

林 光太郎
墨田区在住。
長野県塩尻市出身。
人生どん底の頃、小説を読み、生き長らえた経験から、誰もが気軽に小説を読めるようにするため創作活動に勤しむ。古民家をリノベした本屋「ものはいいよう」を開いている。

