すみだ物語

街のものがたり

隅田川七福神めぐり

隅田川の東岸、向島を中心とする七福神を祀る、三囲神社(恵比寿神・大国神)、弘福寺(布袋尊)、長命寺(弁財天)、白鬚神社(寿老神)、向島百花園(福禄寿尊)、多聞寺(毘沙門天)をめぐる「隅田川七福神めぐり」が元旦から7日まで行われます。

【御開帳期間】
平成31年1月1日から1月7日
御朱印は期間中、9:00~16:00頃まで。
御朱印の寄書き用色紙と宝船は多門寺と三囲神社のみで販売。
ご粉体は、各神社で販売。

【隅田川七福神めぐりについて】
「隅田川七福神めぐり」は、元旦から7日までの間に、福徳の神を祀る寺社などをめぐり開運を祈る行事。
江戸時代後期、向島百花園の創始者である佐原鞠塢(きくう)と文人仲間が、鞠塢所有の「福禄寿尊」を使って七福遊びができないかという話になったのが始まり。鞠塢たちは、多聞寺の「毘沙門天」、長命寺の「弁財天」、弘福寺の「布袋尊」、三囲神社の「恵比寿神・大国神」は揃ったが、寿老人だけが見つからなかった。
そこで、向島百花園近くの白鬚神社で、「白い鬚であれば老人の神様であろう」と考え、白鬚神社の神様を「寿老神」と見立てて「隅田川七福神」が完成したといわれています。

200年以上経過した現在も『隅田川七福神めぐり』は、お正月の恒例行事として多くの人に親しまれており、下町情緒あふれる区民の生活文化行事として、平成15年10月に、墨田区登録無形民俗文化財に登録されています。
(本文:墨田区広報広聴担当より)

多聞寺(毘沙門天)
多聞寺(毘沙門天)
本尊の毘沙門天は弘法大師の作と伝えられる。
昔、村人達は、本堂の前に住む狸の悪技に悩んでいた。
その村人を毘沙門天門下の禅尼師童子が狸を懲らしめ救ったという伝説がつたわる。

白鬚神社(寿老神)
白鬚神社(寿老神)
祭神の猿田彦命は道案内の守り神ということから、お客を案内する千客万来、商売繁盛の信仰が生まれる。
隅田川七福神の中でなかなか見つからなかった寿老人を、白い鬚の長寿の神様として白鬚大明神にあてたことから「神」としている。

百花園(福禄寿尊)
向島百花園(福禄寿尊)
文化元年(1804)に開かれた百花園に集まる江戸の町民文化を代表する文化人達の発案で隅田川七福神巡りが始まった。
福禄寿尊像は、開祖佐原鞠塢が百花園の草花にちなみ、本草の神として愛蔵し信仰していたもの。

長命寺(弁財天)
長命寺(弁財天)
三代目将軍家光が鷹狩り途中の腹痛を、寺内の井戸水で薬を服用し快癒したことから、長命水の名をいただき、寺号も長命寺とした。
弁財天は河(水)の神ということから蛇がお使いとして選ばれ、巳の日に参拝する風習が生まれた。

弘福寺(布袋尊)
弘福寺(布袋尊)
黄檗宗で中国風の特色を持つ禅宗建物。
布袋尊は七福神の中で唯一実存した中国の禅僧で弥勒の化身と言われる。
咳の爺婆尊像は、風外和尚が修行中、両親を偲び刻んだもので、風外の石像だから風邪にも強かろうと風邪除けの信仰を集めた。

三囲神社(大國神・恵比寿神)
三囲神社(大國神・恵比寿神)
三井寺の僧源慶が弘法大師創建の由来を持つ荒れた祠を再建したとき、出土した神像の周りを、白狐が現れ三回巡り、消え去ったことから「みめぐり」の名が起こったとされる。
大國・恵比寿は越後屋(現三越)にまつられていたもの。

(本文:隅田川七福会チラシより)

 

すみだ郷土文化資料館で特集展示「隅田川七福神と向島の名所」(平成30年12月8日()~平成31年2月11日())を開催しています。参拝前に隅田川七福神めぐりの歴史や向島の風景の浮世絵などチェックしていくこともオススメします。

特集展示「隅田川七福神と向島の名所」