下町の駄菓子とゴム風船

株式会社マルサ斉藤ゴム 代表取締役 斉藤靖之

下町の駄菓子とゴム風船

僕は墨田区東向島で生まれ、小学二年生までを墨田区で過ごしました。当時の小学生はみなこぞって学校の近くの駄菓子屋に集まったものでした。

僕にはSくんというクラスメイトがおりまして、彼の毎日のお小遣いが当時では破格の二百円で、お小遣いが貰えない僕を毎日駄菓子屋に誘ってくれて、百円を僕に奢ってくれておりました。

僕の通っていた第三寺島小学校のそばにTという駄菓子があり、そこは鉄板でもんじゃを楽しむことができました。当時一番安かったのが具はキャベツのみの五十円もんじゃでした。ドクターペッパーの小瓶が六十円で、瓶を返すと十円戻ってくるため、百円で食べるもんじゃとドクターペッパーが毎日のご馳走でした。

ここからは僕が社長を務める(マルサ斉藤ゴム)のお話になります。

弊社は祖父の秀次(ひでじ)が蔵前の風船問屋での修行を終え、昭和二十五年に独立をした事が始まりです。祖父は戦後に増えてきた子どもたちが、自分たちのお小遣いでゴム風船を一個から買えるようにと、ゴム風船百個を箱詰めにして駄菓子屋や文房具屋へ卸す事を始めました。このように下町の駄菓子屋とゴム風船は繋がりがあったのですね。

京島のマンモス公園の前の駄菓子屋を覗き、当時の僕と変わらない現在の小学生の姿を見ると、この事をよく思い出します。